己の運指のあれこれ

こんにちは。BPL S5のbeatmania IIDX部門において、チームSILK HATの4巡目の選手として籍を置かせていただいているLOOTと申します。

BPL S5に出場されている各選手の運指について、ユキジさん(@isuzumi_BPLFan)にご紹介いただきました。選手それぞれの運指を的確に分析・分類され、IIDXに馴染みのない方でも「手元を見ると更に面白い!」という素敵な記事です。未読の方は要Check!!

"見る専"のためのビートマニア運指講座・前編
https://note.com/isuzumi_bpl/n/n0afde229cb0c

"見る専"でもわかるビートマニア運指講座・後編
https://note.com/isuzumi_bpl/n/n8d285e909e07?sub_rt=share_pw

 

こちらの後編の記事において自分の運指をご紹介いただいているのですが、試合の動画という限られた情報だけでは明確な分類が難しいように思われたため、選手本人としてご説明できれば、という内容になります。

試合を楽しむだけであれば、ご紹介いただいた以上の情報は必要ないかもしれませんが、この記事がより深く運指を知るお手伝いに・あるいはご自身のプレイの参考になれば幸いです。

 

さて、ユキジさんの記事内では当初「②オーソドックス(別種)左手の薬指を使うスタイル」としてご紹介いただきました。これは自分のホームポジションに当たる運指です。

1:左手薬指
2:左手人差し指
3:左手親指
4:右手人差し指
5:右手親指
(6:右手中指)
7:右手薬指

左手の親指で1、中指で2、人差し指で3を押すスタイルと比べると、手の角度がかなり違ってきます。両手とも筐体に対して垂直に近い角度で構えているのが特徴の一つでしょうか。昔「対照固定」と言われていた運指に近いと思います(今も言われている?)。
スクラッチさえ降ってこなければ、すべての鍵盤を不足なく押すことができます。高密度譜面で主に使用する運指です。

では、ここにスクラッチ(S)が降ってきたらどうなるでしょうか?

S:左手小指
1:左手親指の付け根のあたり
2:左手人差し指
3:左手親指
4:右手人差し指
5:右手親指
6:右手中指
7:右手薬指

左手側は「ベチャ押し」ですね。これはユキジさんの記事で修正後にご紹介いただいている運指です。左手の人差し指と親指を伸ばした状態で123をベチャっと押しつつ小指でスクラッチを取り、4567はホームポジションのまま押します。これでスクラッチを含む全押しに対応できます。
ホームポジションではどうしても小指が届かず、スクラッチに対応できないため、次善の策として親指の付け根でボタンを押すことで小指をターンテーブルに届かせています。
スクラッチを含む全押しに限らず、スクラッチ絡みが忙しい高密度譜面で多用する運指です。

次に、右手がフリーなS+123の場合はどうなるでしょう?答えは……

S:左手小指
1:左手親指
2:左手人差し指
3:右手親指

S123/4567の左右分担という固定の考え方を捨て、左手はS+12に専念し、本来5を押すはずの右手の親指で3を押しにいきます。ベチャ押しと比べて(個人的に)同時押しの精度を取りやすく、皿複合譜面にも対応できます。467はホームポジションのまま押しに行けるため、ある程度の拡張性もあります。
一方で3と5が同時に絡む密度の高い配置に対応できないという大きな弱点を抱えています。そのため紹介済みの二つの運指とは異なり、基本的に余裕をもって押せる密度の譜面で使用します。
これは昔「3:5半固定」と言われていた運指にあたるかと思います。

 

ここまでに挙げた三つの運指が、自分の基本の運指です。自分の認識としては、高密度向けの「対照固定」「ベチャ押し」と、低密度向けの「3:5半固定」を必要に応じて使い分けている、というところです。
しかしこれらとは別に、譜面ごとに特殊な押し方をすることもあります。その例を一部ご紹介します。

・S+1357

S:左手小指
1:左手親指
3:右手人差し指
5:右手中指
7:右手薬指

いわゆる白壁配置です。右手のホームポジションを大きく崩して、人・中・薬の三指を立てて357を押しにいきます。ベチャ押しでは精度をやや取りづらいところ、この運指であればきれいに同時に押すことができ、連打の際も安定感が高まります。

 

・Sが絡む1→3→5の16分配置

S:左手小指
1:左手親指
3:右手親指
5:右手人差し指

スクラッチが絡むせいで難しくなっている配置です。ホームポジションの経験を活かして右手の薬指で5を押すことも考えられますが、前後の手の動きが制限されるため、右手の人差し指で5を押しています。やや特殊な崩し方ですが、慣れると安定してスコアを狙いに行けます。
ちなみに1→3→5→7の16分配置の場合は、上記に加えて7を右手の薬指で押します。

 

・47絡みの乱打/トリル

4:左手人差し指(or 右手人差し指)
7:右手薬指

左手が暇な場面では、これまでとは逆に右手の応援にも行かせることがあります。47が16分で絡む配置は精度を保ちにくいため、4を左手で取ることで安定感を高めています。
動画は遅めの乱打への対応の様子ですが、47トリル(交互連打)への対応で使うこともあります。左右の手でお互いに足りないところを気軽に補い合えるのは対照運指の利点の一つだと思います。

 

・右手が忙しいときの13トリル+スクラッチ

S:左手小指
1:左手親指
3:左手親指

いわゆる親指スリスリです。13トリルの3を右手の親指で取りたいところですが、そんな余裕がないため、左手に頑張ってもらうしかありません。左手の親指を素早くスライドさせて鍵盤を無理やり拾い、同時にスクラッチもどうにか取りにいきます。
精度を取るのはかなり難しく、いわば苦肉の策です。右手がフリーにならない高密度のスクラッチ混じりの譜面は、完全固定運指ができないすべてのプレイヤーが頭を悩ませるものだと思います。

 

ざっくりですが、自分が主に使い分ける押し方はこんなところです。

基本的に、その時々でより押しやすい方法で押す、ということを主眼に置いています。完全固定ができない運指である以上、スクラッチが降ってきた際にはどうしても押し方を変える必要が出てきます。押し方を変えざるをえない場合に、どのように押したらより精度を取れるか、と考えた結果、様々な運指を併用する形となりました。ユキジさんの修正後の記事のお言葉がまさしくその通りで、「配置の取りやすさを見極めてベチャ押しと別の運指を使い分けて」います。

ここまでにご紹介した運指は、正規譜面では特に有効に働く場面が多いように思います。あるいは正規譜面ばかりやってきたからこそ、その中で頻出する配置に対応できるように運指の幅を広げていった面があるかもしれません。

他にもいわゆる皿曲の場合や、特定の押しづらい配置の場合などにピンポイントで使う運指があります。過去の試合や、あるいは今後の試合の中でも現れることがあるかも……?

BPL S5のレギュラーステージは折り返しを過ぎていよいよ佳境、決勝リーグ進出を賭けた戦いは熾烈さを増しています。自分としても面白い試合をお見せできるように全力を尽くしていくので、運指という観点も含めて今後もBPLをお楽しみいただけたら、いち選手として大変嬉しく思います。

お読みいただきありがとうございました!

連皿は肋骨に効く

もう二か月ほど前のことになりますが、ある日弐寺をやっていると、左の肋骨のあたりに痛みを覚えました。どうも連皿を回しているときに現れるらしいその痛みは日増しに強くなり、ついにはちょっとした身じろぎで激痛が走り、寝ることすら苦痛になるようになりました。

最初は気まぐれに行っている筋トレで肋骨にヒビが入ってしまったのかと思っていましたが、整形外科で診てもらったところ、骨には異常がなく、おそらく肋骨の関節の炎症だろうとのことでした。

思い当たる理由は一つしかありません。皿の回しすぎです。

☆12全鳥を達成して余韻にふけっていた頃に突如現れた大問題児、SAMURAI-Scramble(L)によってあえなく全鳥を剝奪され、血眼になって狂ったように皿を回し続けていた日々が走馬灯のように思い返されます。BISTROVER稼働終了間際に何故か連皿をうまく回せなくなっていたのは、この炎症が発生して動きを妨げていたからなのだと気づきました。

皿曲は腕・肩に疲労は溜まるものの、大きな怪我につながるようなことはないだろうと高をくくっていたことが仇となりました。以前、灼熱でAAAを出そうと奮闘していた際にも同じように皿を回し続けており、その経験から多少の無理は問題が無かろうと判断していたことも災いしました。

痛みを覚えるようになってから分かったことですが、単発の皿を回すときには肋骨に負担がかからないのに対し、連皿を回すときには肋骨に強い負荷がかかります(プレイスタイルにもよるとは思います)。これが毎日何万、何十万と繰り返されたわけですから、炎症が発生したのも必然と思われます。今にして思えば、灼熱をプレイしていた頃も結構危なかったのではないかと思います。

怪我したての頃は少しでも肋骨に負荷がかかると激痛が走り、本当に全く連皿を回すことができませんでした。2~3週間経った頃から徐々に痛みが引き始め、軽い連皿曲ならできるようになりましたが、肋骨の関節の違和感はなかなか消えず、痛みが発生してから一か月半以上経ったつい数日前になって、ようやく違和感なく連皿を回せるようになりました。

弐寺での怪我といえば、手の腱鞘炎が圧倒的多数であるかと思うのですが、このような形で怪我をすることもあるのだと学べたのは良かったと思います。ごく当たり前のことではありますが、何事も無理は禁物ですね。

弐寺の思い出②

先日の記事の続きです。①はこちら→弐寺の思い出① - ゲームが好き

 

Lincle

どのようにモチベーションを維持していたのかはもはや思い出せませんが、DJT筐体があるゲーセンを転々としていたように思います。KAC 2011の九州エリア決勝に出場したり、天空の夜明けの伝導に成功したりと、なんだかんだで思い出のある作品です。KAC 2011については、エリア決勝で使われた筐体が鍵盤ガチガチの初代筐体だったため、なすすべなく最下位で終えました。白くなったe-passにwacさんのサインをいただいたことはいい思い出です(使ううちに消えてしまいましたが)。

 

tricoro

念願の判定調整機能搭載。でもやっぱり、DJT筐体の判定が一番しっくりくることに変わりはありませんでした。Plan 8(A)でAAAを出すまで頑張ったことを覚えています。

 

SPADA

元々モチベーションが下がっていたところに、実質的な1プレイの値上げ(100円玉では4曲プレイできなくなった)が伴って、完全にやる気を無くしてしまいました。同時期にやらなくなったという方を見かけることがあるので、やはり値上げの影響は大きかったのではないかと思います。

 

PENDUAL〜CANNON BALLERS

私生活の変化により、時間とお金がほとんどなくなってしまったことが追い討ちとなって、皆伝を取るため以外で触ることはほとんどありませんでした。この期間はトータルで50クレもやっていないと思います。中伝を初めて受けたときに、DIAMOND CROSSINGの難しさに驚いたことが唯一の思い出と言えるかもしれません。

 

Rootage〜現在

BEMANI道、再発進。友人と遊んだ際に久々に触れた弐寺が楽しかったため、徐々に復帰していきました。完全な浦島太郎状態で、☆12フォルダの曲数が無尽蔵に増えていることに驚き、手首皿のプレイヤーが多くいることに面食らいました(休止前までは、手首皿はごく一部のフルコンランカーだけが使える職人芸という印象でした)。

休止以前のタコだらけの指や、鍵盤を押すための筋力などを完全に失っていたため、復帰したての頃は怪我も多く、決して順風満帆とは言えない再スタートでしたが、「弐寺が楽しい」という思いのままにプレイを続けて、今やBPLの選手候補になれるまでに上達することができました。本当に幸せなことだと思います。

今もなお、弐寺の楽しさには変わりがありません。気負うことなく、これからも楽しいビートマニアを続けていければ、と思います。

弐寺の思い出①

少し前にTwitterで流行っていたハッシュタグに今更ながら乗っかって、弐寺のプレイ歴を振り返ってみようと思います。

 

CS 8thStyle

専コンと一緒に買って、初めて遊んだ作品です。段位認定八段までは合格した記憶があります。

CSは他に、ACと並行して9th・DJT・EMPをプレイしています。

 

IIDX RED

ACデビューはこの作品。自分の住んでいた地域に限った話かもしれませんが、この頃は周りを覆い隠すように遮光カーテンが付けられた筐体があり、外界から隔絶された環境でプレイできることが印象的でした。

 

HAPPY SKY

Aurora(H)の難しさに打ちのめされたことをよく覚えています。この頃までは運指の概念が自分の中になく、階段を右手の人差し指一本を滑らせて取っていたため、第一関節にタコが出来ていました。

 

DistorteD

当時携帯を持っていなかったため、曲を跨いでどこまでコンボを伸ばせるか、というようなイベントに参加できずに悲しい思いをしました。waxing and wanding(H)でAAAを出せて大いに喜んだことを覚えています。

 

GOLD

判定緩和の恩恵を大いに受けたためですが、☆11でもAAAが出せるようになったことに浮かれていました。まだまだボスフォルダを満足に解禁できるような実力はなく、皆伝に挑戦できるくらいの腕前にはなっていたものの、辛うじて辿り着いた穴冥にボコボコにされていました。

 

DJ Troopers

ついに皆伝合格。前作で散々苦労したのが嘘のような一発合格でした。周りに人が居ない中、一人で喜びを噛みしめたことを覚えています(当時はTwitterがなく、mixiなども利用していませんでした)。MENDESをなんとか解禁しようと頑張ったものの、やはり実力不足は否めず、全解禁後に消沈しながらプレイしました。

 

EMPRESS

3y3sに度肝を抜かれたり、全白を達成したりと思い出深い作品です。3y3sは初見で最初の発狂を抜けたものの落ち、もう一度挑戦しようとしたらProgramed WorldでAAAを出せず、肩を落として帰った記憶があります。全白については、穴冥を埋めて狂喜乱舞したのちに渋々FAXXを埋めての達成でした。この頃からFAXXはいつか削除されるだろうと高を括っていたのですが、まさか現代まで生き残っていようとは……。

 

SIRIUS

今一つ印象の薄い作品です。全白を達成したので、今度はフルコン埋めに血道を上げていたように思います。MENDES(A)をフルコンして大喜びしたことははっきりと覚えています。

 

Resort Anthem

自分の弐寺史上、最大の事件が起きた作品でした。

クリア力・スコア力ともに円熟の域に達した頃で、毎日脇目も振らずにゲーセンに通っていました。そんなある日、ホームゲーセンにいつも通りに向かうと、つい昨日まで愛用していたDJT筐体が何故か無くなっている……。懇意にしていた店員さんに話を聞くと、1台減台されることが決まり、昨晩のうちに搬出されたのだという。あまりのことに呆然としました。当時ホームにしていたゲーセンにはDJT筐体と初代筐体がそれぞれ1台ずつあり、その中からよりにもよってDJT筐体が連れ出されてしまったのです。まだ判定調整機能もなく、よほど器用な人でなければ、自分に合った筐体を選ばなければならない時代でした。

その後は、燃え盛るモチベーションに衝き動かされるかのように付近のDJT筐体を求めて彷徨い、自転車で40〜50分の場所にあると知るや、大汗をかきながら通っていました。……が、そのゲーセンはのちに潰れてしまいました。

 

夜が更けてしまったので、今日のところはここまで。

②はこちら→弐寺の思い出② - ゲームが好き

リターンオブ三日坊主

自分という人間は基本的な自己評価が低く、生み出した文章なり絵なりなんなりの創作物は作り上げた時点で自分の中での評価がどんなに高くとも、一度我が手を離れると見も知らぬ汚物並みの評価になり下がって視界に入れたくなくなるという性分があり、このはてなブログの過去の記事もそれに該当していたためにこの4年間視界に入れずに来たわけですが、酒の力を借りて思い切って読み返してみたら思いのほか変なことは書いてなくて安心しました。

というわけでまた気楽に(気楽にはならない)なんか書いていければと思います。最近は弐寺にお熱なのでそっち方面が多くなりそう。……多くなるのか?

雷電Ⅱをワンコインクリアした

最近暇を見てはプレイしていた雷電Ⅱを、ついにワンコインクリアすることができました。

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(3面で誤ってニュークリアミサイルを取ってしまい1upも取り損なったうえ、その後の道中でボムを3発ほど撃ってしまうという惨状だったものの、それ以降は非常に安定しており、ノーミスで5面を抜け、6面を抜け、7面までも抜けて8ボス手前でミス、1Pスタートのおかげでその場復活だったのであとはゴリ押しで残0クリア。2周目はバルカンが3wayになったところでボンバーモードに突入、どうにか2-2終盤でPを獲得するもボスの瞬殺に失敗、という幕切れ)

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「雷電Ⅱ」でググると、初代に比べて高難易度化が著しく人気が出なかったというような記事がモロンと出てきますが、緊急回避に使える拡散ボムが追加されたおかげで、個人的には割とトントンなのではないかと思います(ボス瞬殺などの攻略情報前提ですが)。むしろ演出面の進化が著しく、先を見たいという欲求からどんどん進めていけた印象です。苦労の末に5面をクリアして宇宙へ向かう、という体験を全人類にして欲しいと思っています。


これまで東亜系STGをいくつかやってきましたが、遅い自機をうまいこと動かして攻略していくのはたまらん面白さがありますね。弾幕STGだと必ず一定は気合い避けを要求されますが、東亜系はきちんとパターンを組めば気合い避けの必要がほとんどなく、上達を実感しやすいというのが大きいように思います(そのぶんアドリブは効きませんが)。また大半が連射装置が一般的でない時代の作品とあって、敵の耐久が低く、張り付きで瞬殺といったことが出来るのもポイントが高いです。なので皆さんやりましょう。頼むこの通りだ。


次は雷電DXをやろうと思います。楽しみだ。

V系のライブを観た

ゲームの感想とか書きたいなんて言った矢先に書いてるのがV系のライブの感想で、なんでや感が自分でも割とありますが、書きたくなったので仕方がない。

 

というわけでV系のライブに行きました。2/14にライブハウス武道館でやってたやつ。詳しくはググってください。

二十n年生きてきて今回が初のライブだったんですが、ライブがこんなに良いものだとは知りませんでした。会場に着くまではバンギャっぽい人を見て恐れたり、ジョジョっぽい人を見て慄いたり不安に包まれていたものの、いざ着いて始まってみればそんなものは全ていっぺんに吹き飛びました。全身がバラバラになるような音圧、目を焼かんばかりのライト、うごめくサイリウム的な光る花々、獅子舞のごとく髪を振り乱す女性、そして僕の隣でスヤスヤ眠っているおじさん。

実際の場で聴いて初めて分かる本当に凄まじい音圧(これはメタルだったからかもしれない)と、会場の盛り上がりを肌で感じて時間を共有する感覚の心地よさはかけがえのないものだと思います。これまでV系の人というのはいかつい恰好をした良く分からない人(クソ失礼)というイメージだったんですが、今回は本当に恰好よく見えました。

総じて今までのライブ観が覆されました。こりゃあフルプライス出してチケットを奪い合うわけだ。

今回は全く知らないバンドだったんですが、それでもこれだけ楽しめたことを思うと、自分の好きなバンドのライブに行ったときゃあそりゃ獅子舞にもなりますわなという感じです。BOOWYのライブとか行ってみたかった。

 

ちなみに隣のおじさんは寝たかと思えば起き、光と音がつらいのかコートに顔を埋めてはまた寝たりしてました。何しに来たんだ。